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(7) カジモドの名前の本当の意味:四季版ノートルダム

ノートルダムの主人公(一応)の「カジモド Quasimodo 」の名前の意味はご存じでしょうか。
アニメ版や四季版を見て、「え?『できそこない』でしょ?」と思ったあなた、実はちょっと違うんです。

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↑エスメラルダとヴィクトル・ユゴー

原作でも、カジモドにその名を与えたのは、カジモドを拾ったフロロです。
カジモドを拾った日は、「カジモド・サンデー(白衣の主日)」というカトリックの祝日、だから名前は「カジモド」。極めてシンプルなネーミングです。

なぜこの日が「カジモド」という名前かというと、ミサの祈りの文の冒頭のラテン語「Quasi modo geniti infantes(生まれたばかりの赤子のごとく)」から来ています。ラテン語の「quasi modo」 は、「as, if」「although」などの意味があるようですが、「できそこない」というにはかなり遠い意味だと思います。

それに、フランス人にとっていくらラテン語が外国語とはいっても、カトリックの祝日の名前ですよ!「できそこない」なんて意味はありえなくないでしょうか。(ちなみに、2000年にこの祝日は「神のいつくしみの主日」と名前が変更になったそうです。名前が変わっても、そういうありがたい祝日ということですよね。)

では、アニメ版や四季版の意味はどこから来ているのでしょうか?

それは、原作に書かれたもう一つの理由です。その部分の全文訳 (Mew訳):

彼(クロード・フロロ)は、自分の養子に洗礼を施し、「カジモド」と名付けた。それは拾った日がカジモド・サンデーだったからだが、同時にその名が、この哀れで小さな生き物の不完全さとかろうじて人間の輪郭を保っている姿に似つかわしいとも思ったからだ。実際、カジモドは独眼で背中曲がりで膝曲がり、なんとか「ほぼ (カジモド)」子供とおぼしき状態だったのだ。

私は「ほぼ」というところに「カジモド」と入れましたが、フランス語原文には何も入っていません。太字にした「カジモド」と「ほぼ」の部分が斜体字になっているだけです。

フランス語で「quasi (カジ)」という単語は、「ほぼ」という意味を表す言葉です。「カジモド」の「カジ」が「ほぼ」という意味を連想させるので、子供の体の様子がなんだかちょっとそれっぽい、ということなのでしょう。つまり、ここでユゴーが言っているのは、「カジモド」=「ほぼ」ということ。

アニメ版は、ここの部分を拡大解釈して、「カジモド」=「できそこない half formed」という意味に仕立て上げたのだろうと思います。
アニメ版のフロローは冒頭から冷酷なキャラですから、それを強調するのにぴったりなエピソードですよね。原作を読んでからアニメを見た時、原作と意味は違うけれど、うまい使い方だなあと思いました。



名前つながりで言うと、四季版ではフィーバスの名前は変更になってるのですよね。

原作: フェビュス・ド・シャトーペール
四季版: フィーバス・ド・マルタン

・・・フィーバスって「フェビュスPhoebus」の英語読みですが、「マルタン Martin」って英語読みしたら「マーティン」なのでは・・・(なぜ英語読みとフランス語読みが合体したんだろう・・・?)。まあそこはいいのですが、なぜそもそも名前を変える必要性があったのか。

変更後の名前にも「ド」が入っていますが、フランス人の名前で「ド」が入るのは、貴族の証でもありました(貴族が存在した当時)。
「ベルサイユのばら」の主人公オスカルにも「ド」がありますね(オスカル・フランソワ・ド・ジャルジェ)。

原作のフェビュスは、なにしろ「王室射手隊隊長」です。しかも、王室親衛隊の隊長の服を着てます(当時服装は身分を表してるはずなので、その役職についてるということですね。兼任?)。つまり、中枢で王様仕えをしています。しかも、婚約者のフルール・ド・リスは、天下のノートルダム大聖堂のど真ん前に屋敷を構える家柄のお嬢様。そこらへんの貴族と婚約なんぞしないでしょう。つまり、フェビュス・ド・シャトーペール君は、かなり上流の貴族であると思われます(「名門の出」ともはっきり書かれています)。


さて四季版を見ていた時に、フィーバスがフロローに反旗を翻して警備隊隊長の職を解かれた後のシーン。フィーバスはエスメラルダに「何もかもなくしてしまった」と言います。だから、「君についていく」と。

・・・いやいやいや、君、貴族だよね。親の財産あるよね。いきなり「何もかもなくしてしまった」って言うの、ちょっと早くない?

原作に登場する詩人グランゴワールは、仕事がうまくいかなかった後にガチな文無しになって街をさまよい、流れ流れてジプシーたちと大道芸を披露したりするのですが、フィーバスよ、君はグランゴワールじゃないんだから(爆)。

もっとも、四季版のフィーバスにはあんまり貴族感ないんですよね(笑)。(アニメ版フィーバスは、白馬に乗っている分ちょっと貴族感ある)。ってことは、四季版フィーバスは下級貴族ってことなのかな。財産なくて、警備隊隊長になったのは、超すげー出世だったのかしらん。

じゃあ、四季版フィーバスが名前変わったのは、「上流貴族じゃなくて、下流貴族でーす」ってこと??でも、別に名前を変えなくったって設定は普通に変更可能なので、わざわざ名前を変える必要はないし・・・。

うーむ、謎。誰かその理由がわかったら、教えてください。

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<追記>・・・と書いたら、素晴らしいヒントをいただきました!!

「マルタン Martin」は、聖人の名前から来ているのではないか、と。
Saint Martin (フランス語読みでサン・マルタン)は聖マルティヌス(聖マルチノ)で、フランス(フランク王国)の守護聖人の一人なのです。

フランスの守護聖人・・・!!

一方、我らがシャトーペール君の名前はというと、分解すると「 Châteaupers=château シャトー(城) pers ペール(青みがかった)」となるので、「青い城」。しかも、ファーストネームは「太陽」という意味ですから、日本語で言うなら「青城 陽(せいじょう・あきら)」みたいな感じでしょうか。いかにもバラしょって立ってそうなイケメン色男な名前ですよね(笑)。

せっかくなのでいろいろ調べてみたところ、シャトーペールというのは昔から実在する貴族の名前のようです。(「17世紀まで続く領主の名前」だとか「貴族で大修道院の修道士」だとか出てきました。*同じ家系がどうかは不明です)

しかも、その名前の紋章までありました。フランスの紋章というのは必ずしも貴族だけのものではないそうですが、それでもその名前で認識されるレベルの紋章があるというのは、シャトーペール家が相応の貴族だったことの証のような気がします。

原作やフレンチ版では、いかにもイケイケな貴族らしい名前、四季版ではクライマックス辺りで「市民よ立ち上がれ!」と声をかけたりする役柄なので、フランスの守護聖人の名前がぴったりですよね。

いただいたご意見の中に「フランス民衆を守り光をもたらすもの、という意味ならヒーローにふさわしいのではないでしょうか。」と書かれていて、「うぉぉぉぉおおお!その通りだああああ」と萌えてしまいました(^^)。

なるほど、すっきりしました!!
なんでだろう?って考えた時に「名前から攻めてみる」ことを全く考えなかった私には、目からウロコの発想で脱帽。
情報をお寄せいただいた、こてふトナルさん、ありがとうございました!!




名前とは関係ありませんが、もう一つ「道化の祭り」について。

アニメ版や四季版では、「道化の祭り」でカジモドが道化の法王となった後、なぜかその場の空気が転じて、それまでお祭り騒ぎ状態でカジモドを法王と言っていた周囲の市民が、一斉にカジモドに物の投げたり、襲いかかるシーンがあります(そしてエスメラルダが水を与える場面へと続く)。
でも、原作は違います。

原作やフレンチ版では、ここは本来、カジモドが誘拐未遂という罪を犯したために拷問を受けるシーンです。フロロがそそのかしたとはいえカジモドは実行犯でしたから、拷問はやむをえないものでした。アニメ版や四季版のような市民による言われなき集団暴力ではないのですね。

ユゴー先生自身がそんなシーンを書いたわけではないことだけは、ちょっとお伝えしておきたいと思います。


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四季版「ノートルダムの鐘」感想 (2017)

(1) 関連作品の概要
(2) カジモドの結婚
(3) エスメラルダとクロパンの火花な関係
(4) 神父と判事は似て非なるもの
(5) カジモドはなぜ「反逆」したのか
(6) 弟が示すフロローの道
(7) カジモドの名前の本当の意味
(8) 陽ざしの中へ






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Mew

Author : Mew

2013年来日公演したミュージカル
ノートルダム・ド・パリ」、及びフレンミュージカルを応援中!ノートルダムでオリジナル・グランゴワールを務めたブリュノ・ペルティエも熱く応援中!


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