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(3) ノートルダム凱旋公演観劇記 ~フロロの転換点~

ノートルダムは長い間演出の大きな変更なくやってきていますが、比較的早い段階で2幕の曲順が一部変わっています(→参照「曲順変更」))。
初演版DVDでは、エスメラルダとフロロが登場する「La torture 拷問」のシーンの次にはエスメラルダが歌う「フェビュス」だったのですが、曲順変更で、「拷問」のすぐ後にフロロが歌う「Etre prêtre et aimer une femme 神父でいること 女を愛すること」になっています。つまり、フロロが続けて登場する形になりました。

この「拷問」の時の冷酷なフロロと、「神父でいること・・・」の内面をさらけ出したフロロとは、表現するものにかなり隔たりがあります。

2013年日本公演の初日、深く考えずにこのシーンを見たのですが、その時のフロロ役者は「拷問」の歌の後、舞台の少々奥側の端っこに行き、着ていた上着をばばっと大慌てで脱ぎ、やや舞台袖のほうに投げつけ、それから舞台中央のほうに来て「神父でいること・・・」の歌に入りました。

そうか!フロロの歌が2曲つながったから、お着換えの時間がないのね!
この「上着脱ぎ」シーン、本当なら舞台裏でやりたかったのだろうけど、時間がないからここでやるけどごめんね見なかったことにしてね上着は邪魔だからあっち側に投げとくけどスタッフ後で回収してね、という感じがあるんです(笑)。それまで朗々と歌っていたフロロ役者のあせった素顔が見える気がして、妙に萌えていた私(笑)。

凱旋公演でこのシーンに差しかかった時それを思い出して、ダニエルのあせった姿が見られるんだわ♪ と、ちょっぴり楽しみにしてました(←変なファン)。

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パリ凱旋公演カーテンコール

しかし・・・

ダニエルのフロロは「拷問」のシーンが終わった後、下手の舞台袖ぎりぎりまでゆっくりと歩き、おもむろに上着を脱ぎ、その脱いだ上着をほんの少し右手でゆっくり持ち上げた後、忌々しそうに自分の足元に叩きつけました。そして、次の「神父でいること」を歌い始めたのです。

・・・・え・・・・??

・・・全然あせってない・・・????

曲の間の時間は、ほとんど変わっていないはずです(私はそう思ってます)。フロロの動きや演出も、基本的に同じです(フロロが舞台手前の見えやすい位置にいたのが違いますが)。しかも、パリの舞台は私が見た日本や台湾の舞台より、かなり横幅が広いんです。なのに、あせった感がないどころか、歩くスピードも動きも「ゆっくり」なのに余裕があって、しかもきちんと演技ができてるんです。

もう狐につままれた感(^^;)。フロロの行動、つまり演出は特に変わってないんです。今回衣装が変わっているので、上着を脱ぐのにかかる時間が違うのかなとも思いましたが、今までの衣装でも、脱ぐこと自体にさほど手間取った印象もないし・・・。私のお楽しみ萌えポイントはどこへ行ったんだダニエル!!・・・と思いながら、毎回この部分を食い入るように見つめましたが(笑)、なぜダニエルにはこんなに余裕があるのかわからなかった・・・。

さて、このシーン。
ちょっとどうでもいいことに気を取られて最初気が付かなかったのですが、ダニエル版は、ここがとても重要な意味を持ってるんですね。

「拷問」のシーンでは、フロロは冷酷にエスメラルダを拷問するよう命じ、尋問します。この時のダニエルの声が、地獄の闇のような低~~い感じ(音程が変わってるわけではないですが)。衣装は黒いフードの内側が赤く、威厳と怖さをアップさせています。



そして、「上着脱ぎ」のシーン。フロロは舞台端でゆっくり上着を脱いで、それを床に投げつけます。ここで一瞬見せる忌々しそうな、やるせない表情のフロロ。

ああ、そうか・・・!
ここは、「外側」に対して見せる冷たいフロロから、「内側」の悩めるフロロに変わる転換点なんだ・・・!
あの上着を着ているかどうかがフロロのどの部分を表現するかの違いになっているのですが、その切り替わる瞬間を、ダニエルは見事に表現していました。

それまで私が見た公演では、脱いだ後の上着は進行上邪魔だからあっちへ投げ捨てていた感じでした。それがダニエルの演技だと、上着が「本来の自分ではない姿」の象徴という意味を帯びてくるんですよね。

ほんのわずかな演技ですが、これが入るのと入らないのとでは、その後のシーンに大きな違いをもたらします。

今までの舞台でも、フロロは過去の清廉な自分を思い返して今の自分のつらさを言葉で語っています。でも、外面の冷酷さと内面の悩みと、「今」の自分の違いについて特に表現している部分はありませんでした。それが、このやるせなさげに上着を投げつける演技で、「自分の行動が意に沿わぬもの」だというつらさが垣間見えてくるんですよね。

そうすると、エスメラルダを拷問にかけているのも、最後には彼女を死に追いやるのも、間違いなく彼が選んだ行動ではあるにせよ、「突き動かされてやってしまった」感じが強まってくるんです。ラストでフロロの「自分の犯す罪を進行形で見ている」哀しさを感じたのも、こういう演技の積み重ねがあったからかもしれません。

単なる場面転換に過ぎなかったシーンが、演技一つでこんなに深い意味を持ったシーンになりえるんですね・・・!

もしかしたら演出の意図が変わったのかもしれませんが、今までと行動そのものはほとんど何も変わっていないことを考えれば、ダニエルが提案したのかもしれないし、ダニエルがいたからこその演出であると言えるでしょう。

そして「神父でいること 女を愛すること」の歌に入ります。
神父である自分が、それまで自身を律してきた自分が、あろうことか女を愛してしまった・・・。その聖職者ゆえの苦しみ。
冷徹さを見せているフロロの時は、ダニエルの演技は「ビシッ」という言葉がぴったりな鋭い視線と動きに徹していますが、この歌や一幕の「Tu vas me détruire お前は私を破滅させる」などの内面をさらけ出す歌になると、足取りもふらついて定まらず、時に目を見開き、視線も哀しげに彷徨うダニエルのフロロ。

今回、この「神父でいること」の歌で、実は泣いてしまいました・・・。
この歌、フロロのつらさを良く表現した素敵な歌ですが、それまで泣いたことはありませんでした。しかしこの時は、フロロの苦しさ、悲しさがダニエルの歌の表現でものすごく迫って感じられたのだと思います。感動的な「ジュテーーム!」とかならともかく、この歌で泣かせられるとは・・・。

舞台が終わって友達と「よかったねー!」と話していた時に、特にダニエルファンでない人からも、この歌がよかった、この歌で泣いたと、一様にほぼ開口一番で言っていたので、やはりこの日の一番の感動どころだったのでしょうね。

もちろん「ジュテーーーーーーーームッ!」は大変感動的だったし(←必聴!!)、「お前は私を破滅させる」も素晴らしかったです。(←フロロ代表曲2曲をさっくり1文で終わらせる私をお許しください)


ダニエルが凱旋公演のフロロ役としてアナウンスされた時、やはり伝説のオリジナル・キャストのカムバックということでとても嬉しかったのですが・・・生で見てみて、オリキャスだとかそんなことは正直どうでもよかったです。ただただ、今の彼の歌が、演技が素晴らしかった。

フランス公演は2017年末まで続き、ダニエルも出演する予定です。このツアーを離れれば、年齢的にも「次」はもうないかもしれないので、今のこの千載一遇のチャンスを逃さないよう、生のダニエル・フロロの感動をぜひ味わって来てください!大陸を超えるだけの価値はありますよ♪


エスメラルダとフロロ。この眼力を見よ

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パリ凱旋公演カーテンコール


   → 次  ノートルダム凱旋公演観劇記 (4)「 演出の変更点」



ノートルダム凱旋公演2016観劇記
(1) 凱旋公演に至るまで
(2) フロロとカジモド
(3) フロロの転換点
(4) 演出の変更点
(5) 写真
(6) キャストの感想


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Mew

Author : Mew

2013年来日公演したミュージカル
ノートルダム・ド・パリ」、及びフレンミュージカルを応援中!ノートルダムでオリジナル・グランゴワールを務めたブリュノ・ペルティエも熱く応援中!


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