ノートルダム・ド・パリ応援隊

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Anarkia & Ananké (1) 原作について

Anarkia & Ananké アナルキアとアナンケ (1)
原作について


Anarkia (アナルキア)。
・・・これが何だかおわかりでしょうか?

ミュージカル「ノートルダム・ド・パリ」の中に出てくる語。
ノートルダム大聖堂の壁に刻まれた言葉として、
詩人グランゴワールと司教フロロが語る言葉です。

具体的に言えば、「Déchiré 引き裂かれる」の後のシーン。
フランス語全曲版CD(初演版・モガドール版)/DVDではともに
18番めの曲として、「Anarkia」と曲タイトルにもなっています。




しかしながら・・・現行版(2015年台湾公演)の舞台には、
「アナルキア Anarkia」は存在しません。

シーンがなくなったのではなく、言葉が変わっています。
役者たちが発する言葉も、その背景に映し出される単語も
以下のようになっています。

ANARKIA (アナルキア) ⇒ ἈNΆГKH (アナンケ Ananké) 

(文字化けした時の場合のために画像でも表示)
ndp2015_12_1.jpg

現状報告としては以上(笑)。
以下は、「アナルキアに関する2、3の事柄」という感じのことを
長々綴ってますので、時間のない方はこのまま帰っていただいて大丈夫です。


■ 原作・序文での記述 ■

この「ἈNΆГKH」、原作でも結構重要な単語。原作の序文(Préface)にはこうあります。

ndp2015_16.jpg

Il y a quelques années qu'en visitant, ou, pour mieux dire, en furetant Notre-Dame, l'auteur de ce livre trouva, dans un recoin obscur de l'une des tours ces mots gravé à la main sur le mur :
何年か前にノートルダムを訪れた時、もっとうまく言うなら探索した時に、この本の作者は塔の一つの薄暗い片隅で、その壁に手彫りのこういう言葉を見つけた。

ἈNΆГKH

Ces majuscules grecques, noires de vétusté et assez profondément entaillées dans la pierre, je ne sais quels signes propres à la calligraphie gothique empreints dans leurs formes et dans leurs attitudes, comme pour-révéler que c'était une main du moyan âge qui les avait écrites là, surtout le sens lugubre et fatal qu'elles renferment, frappèrent vivement l'auteur.
これらのギリシャ語の大文字は、黒く古びて、石に相当深く切り込みが入っていた。その形や雰囲気に跡を留めるゴシック書体に特有の、いかにもがなの特徴は、まるで中世の手がまさにそこに書きつけたかのようだった。文字の中に閉じ込められた悲痛で宿命的な意味がことさら、作者をはなはだしく打ちのめした。

(中略)

L'homme qui a écrit ce mot sur ce mur s'est effacé, il y a plusieurs siècles, du milieu des générations, le mot s'est à son tour effacé du mur de l'église, l'église elle-même s'effacera bientôt peut-être de la terre.
C'est sur ce mot qu'on a fait ce livre.
この言葉をこの壁に刻んだ人間は、何世紀も前に世代の流れの中で消え失せてしまった。この語もまた、教会の壁から消え去ってしまった。教会そのものもおそらく、地上からじきに姿を消すことになるだろう。
かくてこの本は、この言葉から生まれたのである。

Mars 1831  1831年3月 (日本語訳: Mew )
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・・・というわけで、ἈNΆГKHあってこそノートルダムという作品ができたわけで、
私の人生にとっても超重要ワードなのですよね。

しかし、この語に特に注釈はなく、ギリシャ語表記の「ἈNΆГKH」があるのみ。
(本によっては、編集者・訳者によって
「Fatalité 運命・宿命」を意味する、という注釈が加えられていますが、
ユゴー先生自身は何も書かれていない・・・と思います)

■ 原作について ■

そもそもの原作「Notre-Dame de Paris」について、Victor Hugo のこの本の出版は以下;
- 1831年3月16日にGosselin社から最初の版を出版
- 1832年12月12日、Renduel社から決定版を出版

Gosselin社版には既に、序文(Préface)の部分あり。
そして、Renduel社版には、Gosselin版に入れられなかった3つの章を加えています。
« Impopularité  第4編6章 憎まれっ子 »
« Abbas beati Martini 第5編1章 サン・マルタン修道長 »
« Ceci tuera cela  第5編2章 これがあれを滅ぼすだろう»

「これがあれを滅ぼすだろう」がなかったなんて・・・(@_@;)
(つまり第5編そのものが最初の版にはなかった模様)
そりゃあユゴー先生も頑張って決定版出しますよね。

「原作」といっても、ユゴー先生の手書き原稿を見られるわけでもなく、
ユゴー先生がご存命の時に出版された本を入手できているわけでもありません。
ただ、ユゴー先生の全作品は著作権フリーの状態になっていて、
ネットで全文が公開されています。
今回WIKISOURCEのこちらの完全版を参考にさせていただきます。
(編集者:Paul Meurice|出版社:Librairie Ollendorff|出版年: 1904年)
ユゴー先生は1885年に亡くなっていて、死後20年後の出版ですが、
全文が画像としてもありますので、わかりやすいかと思います。

ἈNΆГKH が原作に出てくる場所は以下の通りですが、
フランス語ではすべて「ἈNΆГKH」となっており、注釈はありません。

(1) 序文  Préface
日本語版: P9  「ἈNΆГKH (宿命)」
フランス語版: Préface (III)

(2) 第7編4章 Livre septième IV
日本語版: P263 タイトル  「宿命」
フランス語版: P218, titre

(3) 第7編4章 Livre septième IV
日本語版: P270  「ἈNΆГKH (宿命)」
     ノートルダム大聖堂内の塔にある小部屋の壁に
     クロード・フロロ(フロロ)がコンパスでこの語を刻むシーン
フランス語版: P223

(4) 第7編4章 Livre septième IV
日本語版: P271 「 ἈNΆГKH (アナンケ)」
     クロードの弟ジャンが兄クロードにこの言葉について説明するすシーン
フランス語版: P225

ご覧のように、原作では、ἈNΆГKH」はフロロが刻んだ言葉なのです♪

*日本語版:ページ数、「」内の表記は、潮出版社2000年発行の
「ヴィクトル・ユゴー文学館第5巻 「ノートル=ダム・ド・パリ」から。
当サイトのこのページでは「日本語版 or 潮出版社版」としますが、
潮出版社からは他の版もそれ以前に出版されています。
この版の翻訳は、第6篇までが辻昶(つじ・とおる)先生、
第7篇以後は松下和則(まつした・かずのり)先生の担当です。
*原作では、フロロの弟ジャンというキャラクターが存在します。
ミュージカルやアニメで「フロロ」といえば、副司教クロード(兄)のほう。


ユゴー先生原文でこの言葉の説明らしき部分は、 (3) の弟ジャンのセリフ ;
Mon frère est fou, dit Jehan en lui-même ; il eût été bien plus simple d'écrire Fatum. Tout le monde n'est pas obligé de savoir le grec.
「兄さんもイカれちまってるなあ」と、ジャンは心の中でつぶやいた。「Fatum」って書けばずっと簡単なのに。誰でもギリシャ語を知っるわけじゃないんだから。」

ちなみに、潮出版社版は
「ラテン語で『運命(ファトウム)」と書けばもっとずっと簡単だったのにな」
となってます。
原文では「fatum」がラテン語だということも、その意味も載ってませんので
私はここではそれに従っていますが、潮出版社版ではわかりやすく追記されています。

fatum (ラテン語)の意味:
日本語: 運命、宿命 | フランス語:  desgin, fatalité

でましたね、「fatalité ファタリテ」! ミュージカルでもこの意味だと言ってますね!


■ ユゴー先生はどう読んでいたのか? ■

ユゴー先生は、注釈も含めて
読み方について、つまりフランス語アルファベットでの表記は
「ノートルダム・ド・パリ」の中ではなされていないと思います。

では、ユゴー先生はこの重要ワードをどう読んでいたのか?
ギリシャ語の素養がない場合、フランス人でもこの単語は読めないと思いますが、
世界の大文豪たるヴィクトル・ユゴーが「読み方はスルー」で
このような作品を書かれるはずがありません。

実はユゴー先生、他の作品で「Ananké」を使われています。
(ギリシャ語のスペルではなく、フランス語アルファベット表記)
1866年発表の「海の労働者 Les Travailleurs de la mer」という小説。

その序文にあたる部分です。(「Les Travailleurs de la mer」全文はこちら

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Un triple ananké pèse sur nous,
l'ananké des dogmes, l'ananké des lois, l'ananké des choses.
Dans Notre-Dame de Paris, l'auteur a dénoncé le premier ;
dans les Misérables, il a signalé le second ;
dans ce livre, il indique le troisième.
À ces trois fatalités qui enveloppent l'homme se mêle
la fatalité intérieure, l'ananké suprême, le cœur humain.

3匹1組の残忍な怪物が、数理の怪物が、法律の怪物が、
我々の上に重くのしかかっている。
ノートル・ダム・ド・パリの中で、作者は第一の怪物を公表した。
レ・ミゼラブルの中で第2の怪物が告げ知らせた。
この書の中では第三の怪物を示すのである。
人間を包んでしまうこの3つの宿命に更に加えて、
内部的宿命が、最高の怪物が、人間の心が、混入してくるのである。

「昭和初期世界名作翻訳全集 92 海の労働者 前篇」より
ユウゴウ/著   和田 顕太郎/訳 (原本:春陽堂 昭和8年刊)
-------------------------------------------------

ありますね、「ananké アナンケ」!
訳文は昭和8年のものなので、「Hugo」が「ユウゴウ」ってなってますね♪
そして、こちらでは「アナンケ」は「怪物」と訳されてます。
・・・言い得て妙だ・・・。

この本が出版された1866年の段階(ノートルダム発表の約35年後)で、
ユゴー先生は「ananké」という言葉を
自身の小説「ノートルダム・ド・パリ」を表す言葉として使っているので、
まず間違いなく「ἈNΆГKH」=「ananké」と読んでおられたと思います。


私は去年、ルクセンブルクの「ユゴー文学記念館 Musee littéraire Victor Hugo」に
行ったのですが、この時にいろいろ聞けていれば・・・。

ndp2015_18.jpg
記念館前にあるユゴー先生の銅像。
「ううむ、ワシがちゃんとアナンケって書いておけばよかったのか・・・」
・・・とか思わないタイプですよね、きっと(笑)。

ndp2015_19.jpg
ユゴーが一時期住んでいた家が記念館になっています。
家はお城のふもとの川沿い+橋のたもとにあり、とてもよい立地。
Vianden(ヴィアンデン)城や川が窓から見えて、広々とした気持ちになります。

ndp2015_17.jpg
家具は実際にユゴー先生が使っていたもの。


> 次 「Anarkia & Ananké (2) ミュージカルについて


Anarkia & Ananké
(1) 原作について
(2) ミュージカルについて









====================================

Les Travailleurs de la mer / Préface (Victor Hugo)

La religion, la société, la nature, telles sont les trois luttes de l'homme.
Ces trois luttes sont en même temps ses trois besoins ;
il faut qu'il croie, de là le temple ;
il faut qu'il crée, de là la cité ;
il faut qu'il vive, de là la charrue et le navire.
Mais ces trois solutions contiennent trois guerres.
La mystérieuse difficulté de la vie sort de toutes les trois.
L'homme a affaire à l'obstacle sous la forme superstition,
sous la forme préjugé, et sous la forme élément.
Un triple ananké pèse sur nous,
l'ananké des dogmes, l'ananké des lois, l'ananké des choses.
Dans Notre-Dame de Paris, l'auteur a dénoncé le premier ;
dans les Misérables, il a signalé le second ;
dans ce livre, il indique le troisième.
À ces trois fatalités qui enveloppent l'homme se mêle
la fatalité intérieure, l'ananké suprême, le cœur humain.

Hauteville House, mars 1866.


「海の労働者 / 序文 (ヴィクトル・ユゴー)」

宗教、社会、自然、これらのものは人間の3つの争闘である。
この3つの争闘は同時に3つの必要物である。
人間は信じなければならぬ、それ故に寺院が生ずる。
人間は創造しなければならぬ。それ故に都市が生ずる。
人間は生きねばならぬ、それ故に鋤と船が生ずる。
しかしこの3つの解答は3つの戦いを抱合している。
生活の不可思議な困難は、この3つ全部から生じてくる。
人間は、迷信という形に於ける、偏見という形に於ける、
自然力という形に於ける、障害物にかかり合わねばならぬ。
3匹1組の残忍な怪物が、数理の怪物が、法律の怪物が、
我々の上に重くのしかかっている。
ノートル・ダム・ド・パリの中で、作者は第一の怪物を公表した。
レ・ミゼラブルの中で第2の怪物が告げ知らせた。
この書の中では第三の怪物を示すのである。
人間を包んでしまうこの3つの宿命に更に加えて、
内部的宿命が、最高の怪物が、人間の心が、混入してくるのである。

オートヴィルハウス、1866年3月

(和田 顕太郎訳)

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Author : Mew

2013年来日公演したミュージカル
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